
一方、患者側には、歯科診療は何ら全身に影響を及ぼさないという感覚があることも事実です。患者は「硬い歯」は別物と考えている方も多く、「なんで検査データなどを持ってこなければならないのだ」と食って掛かる方もおります。歯も身体の一部であって不可分の関係にあるというのが中々分かりにくいようです。
一般の人々には歯というと全身とのつながりは希薄に感じるようですが、口腔となると身体の一部と認識しやすいのです。
再度書きますが、「名は体を現す」と申します。歯科という標榜はもう時代に合わないです。時代の要求は顎口腔診療分野を「歯科」と言う標榜名ではカバーしきれないほど多岐にわたっております。
歯科という呼称は患者に不利益を与えているのです。小幡の負の遺産を払拭すべき時代にきております。一般の人々が迷わず適切に受診を確保できる標榜科名が必要なのです。
この辺で歯科という標榜を代える時が来ております。人々の受診機会を適切に確保できるような名称こそが今こそ必要ではないでしょうか。そのためには大学の学部名から変える必要があります。法改正も必要になってくるでしょう。現在、歯科大学や大学歯学部といえども専門学部としては「歯科」しか標榜できません。
既に述べてきましたが、今までは診療対象が「歯」のみと誤解されるような診療科でしたから、実際の診療領域を示す、幅をもった名称がよいと思います。
そのため表看板を変える必要があるのです。では何んといったらよいでしょうか。前述しましたように、かつては口中科でした。しかし、口中科は漢方の流れを汲み、呼称としてはもう古いのです。古色蒼然たる響きがするのです。新しく創る標榜科名は一般の人々や患者にも充分理解され、認識されるものではなくてなりません。診療領域を大きくとる名前なら顎顔面外科が良いのかもしれません。
歯科大学病院あるいは歯学部病院内では診療科部門で顎顔面外科や顎顔面インプラント科を名乗っているところもあります。これはMaxilla-Facial-Surgeryを直訳したものでしょう。
しかし、これには問題があるのです。顔面と付くと耳鼻咽喉科や形成外科から横槍が入ってきます。歯科大学や歯学部附属病院の口腔外科では当たり前に兎唇口蓋裂の手術をやっております。ところが、医学部付属病院によっては「兎唇口蓋裂の手術は形成外科の担当だ」として、同病院内の歯科に規制をかけて診療させないところもあるのです。
いわゆる境界争いに発展し兼ねないのです。人間の身体に境界はないのですがこういう問題になると境界ができるのです。
厳密にいえば、顔の外面は歯科口腔外科の独占的診療領域には入っていないのです。この辺の領域になれば「医師と適切に連携をとる事」とされているのです。
しかし、緊急の場合、独断を迫られることが多いのが現実でありました。私の卒業仕立ての頃は、オートバイに乗る場合でもヘルメットの着用義務のない時代でした。頭部、とりわけ顎骨顔面損傷が多く顎骨固定はもちろん顔面部の裂傷などの縫合によく立ち会ったものでした。
既に歯科には、実績はあるのです。その後、麻酔科に籍を移しましたが、外来では顎顔面疼痛者(多くは三叉神経痛でしたが)への対応や顔面神経麻痺の患者に星状神経節ブロックなどの処置を行ってきました。
その点で実際は顔面も診療対象になっていたことは間違いありません。しかし、顔面という表現を持ち出すと「口腔外科」標榜問題どころではない大騒ぎになるでしょう。
眼科や耳鼻咽喉科、とりわけ形成外科と領域争いとなり、軋轢を生むことになります。「口腔外科」標榜問題の時は大変だったようです。耳鼻科や形成外科側は患者が口腔外科へ流れてしまうのではと危惧し、標榜に猛反対しました。歯科の名を入れて歯科口腔外科でなんとか決着したのです。
その点でやはり顔面の名称を入れるのは避けた方が得策かと思います。顔面の名を削ってやはり顎口腔学部あたりが無難ではないでしょうか。しかし、一般の人々や患者にも分かりやすくするため、暫定的10年くらいをメドに「歯」を入れて顎口腔歯学部とし、その後は顎口腔学部とするのがよいと思います。
また、歯科医の呼称も代えるべきです。いままで申し上げてきましたように診療対象が「歯」のみと勘違いされるからです。口腔科の医師へと代えるべきです。
それには、ただ呼称を代えるだけでなく、勿論中身も変えなければなりません。診療分野に関する知識・技術の研鑽は言うまでもありません。また、歯学部のカリキュラムも手技中心から口腔疾患と他臓器との係わり方中心の講義と実習に切り替えていくべきです。

