近年、医科歯科連携という言葉が頻りに用いられるようになってきました。
歯科診療の主たる疾患は虫(う)歯と歯周病であり、それらは単なる局所的炎症と考えられておりました。しかし、研究が進むにつれて、局所的炎症というだけでなく、特に、歯周の病変局所からの細菌・細菌産生物およびサイトカインを初めとする炎症性メディエーターが血流(血行性伝播)に乗り、全身の臓器に影響をあたえてくることが分かってきました。それで、これまで見向きもされなかった他科からにわかに、歯科にアプローチされてきているところです。
口腔内には千種類ほどの細菌や微生物が住んでおり、全てが悪玉とはいえませんが、その中でも10種類前後の歯周病菌が、悪玉菌であり全身の臓器から検出されております。それらは嫌気性菌であり、内毒素です。菌は酸素を好まないので、血管に入ると数時間から長くても数日で死滅します。歯周病菌は血管の中で繫殖を続けるのではなく一過性の感染を起すのです。しかし、やっかいなことは、血管内に入った歯周病菌はその数秒の間に血小板同士をくっつけて塊とします。自分はその中に入り込んで生き延びながら、あるいは死菌となり、菌は血小板の塊にのって運ばれ動脈の抹消中の動脈の血栓性閉塞を起すのです。手足などの動脈を詰まらせて先へ先へと進んで行くのです。すなわち、動脈硬化や動脈瘤、そして血栓まで引き起こすことがわかってきました。また、菌は白血球の一種である単球の中にも潜り込み、運ばれるのです。単球の中で歯周病菌は数時間生きていることも確認されております。
心臓の冠動脈狭窄部位から歯周病菌が見つかったのです。歯周病患者には心臓死したものが多く見られました。脳梗塞の患者も歯周病の状態がひどかったのです。大動脈瘤の壁には歯周病菌がたくさん付着していたのです。タバコは血管の内皮細胞という最も強いバリアーを壊し、歯周病菌の侵入を許す元となります。
歯周病菌は心臓の冠動脈狭窄部位、冠動脈の病変、特に心筋梗塞に災いをもたらすこともわかってきました。脳の血行が悪くなって認知症になることも多いといわれだしてきました。
長らく謎であったバージャー病の原因を150 年ぶりに解明した日本人の外科医がいます。バージャー病は感染症であることが確認されたのであります。
歯周病に属するグラム陰性菌による感染でありました。
バージャー病患者の脚の動脈から歯周病菌トリポネーマ・デンティコーラのDNAを発見したのです。調べてみたら同患者の唾液の中の菌DNAと同一であったのです。その患者の口にあった菌が間違いなくはるばる足に運ばれて来た痕跡が残っていたのである。この研究には歯科側も口腔内の歯周病菌の同定に協力しています。また、3種類の有名な歯周病菌株などもその外科医に提供しています。共同研究ということで歯科も面目を保ちました。
サイトカインは本来、毒性をもった菌から身を守るための免疫細胞が分泌するタンパク質の一種であります。そして、サイトカインには炎症を抑制する「抗炎症性サイトカイン」と炎症を引き起こす「炎症性サイトカイン」があります。
歯周病に罹患すると、侵された部位を防御する免疫反応として比較的多量の「炎症性サイトカイン」が放出されます。「炎症性サイトカイン」はその部位から発生するのです。そして血流に乗って全身にばらまかれます。糖尿病患者においては、このサイトカインがインスリンの働きを阻害するのです。そのため高血糖が続いてしまいます。この高血糖は歯周病がひどい人ほど免疫を司る白血球の働きを弱め、歯周病はさらに進行、悪化し、サイトカインはさらに増加する負のスパイラルとなります。
10円玉ほどの大きさの胃潰瘍でもかなり重症とのことですが、広範囲の歯周ポケットの潰瘍は葉書サイズほど大きさだと言われております。そのような歯周病罹患部からは大量のサイトカイン」が発生するのです。
歯周病罹患妊婦の早産や低出生体重児のリスク上昇はよく知られているところです。
一見関係ないと思われた膵臓がん、糖尿病、認知症、関節リウマチども歯周病と関連すると云われだしてきたのです。
以上述べてきたように、歯周病は、歯周ポケット上皮のバリアー破綻による菌血症をおこし、その結果生ずる炎症によるサイトカイン産生は全身に悪い影響を及ぼしているのです。
近年、嚥下された唾液中の歯周病菌による腸内環境への影響も注目されるようになってきました。これまで口腔細菌は、胃酸や胆汁酸により破壊され腸内に生菌のまま届くことはないと考えられてきたのです。
しかし唾液に含まれる口腔内細菌が腸管に定着し、腸内細菌叢の構成細菌になっていることが明らかになっています。しかしながら、その因果メカニズムについてはまだ十分に解明されてはいません、今後の研究課題となるかと思います。
令和7年(2025)1月