歯科衛生士が足りなくて困っています。各歯科医院は悲鳴をあげている状態です。それもその筈、歯科衛生士免許登録者数は25万人もいるのに、諸事情もあるのでしょうが、その半分以上は未就業者だというのです。
歯科医師会もこれらの歯科衛生士の再就職支援に躍起となっています。しかし、それ以上に問題なのは、歯科衛生士に成り手がいないのです。歯科衛生士養成校は、どうも若い女性に人気がないのです。
「現在の歯科衛生士衛生士養成所」
歯科衛生士の供給源である歯科衛生士養成所の入学希望者が少なくなり、その大半を担う専門学校139校は、ほぼ軒並み定員割れの状態です。
そのため卒業就職者に対する求人倍率は遂に20倍以上となってしまいました。
嫁さん1人に婿候補者20人以上ということでしょうか。
それまで2年制の歯科衛生士養成所のときは、ほとんど定員割れという事はありませんでした。
ところが平成16年(2005)3年制になった時から入学希望者が極端に少なくなり、年々減少の一途をたどり、現在一段と深刻さを増しているのです。
教育年数の延長からくる入学希望者の減少は充分予想できたのです。日本歯科医師会も2年制を存続させようと政治的にも抵抗しました。しかし、厚労省に押し切られてしまったのです。
なぜ3年制になったのかといえば、厚労省の言い分は、歯科衛生士は「医療職」であり、他の医療職と区別する「固有の特性」をもたなければならないとのことでした。
歯科衛生士の固有の特性とは「専門知識」と「技能」そして「介護」の3本柱であるとされました。さらに、他の分野の多彩な学問も履修し、バランスのとれた人間像であるべき、というようなものでした。
「歯科衛生士養成所のカリキュラム」
そこで、既に医学、歯学、薬学の教育で取り入られている米国のハーバード大学のコア、カリキュラム方式を、歯科衛生士教育にも適用したのです。
コア、カリキュラム方式とは、一口で言えば「自主性を持ったバランスのとれた学習」ということでしょうか。
教育目標を達成するための中心(コア)と、その内容(カリキュラム)を示し、その履修の大筋だけが決められました。
養成校は、それぞれが独自に考えて、この目標を達成することになったのです。
各養成校は最適な順番のカリキュラム、独自の学習プログラム、残り時間は個性的な学習プログラムを用意する事となりました。
利点としては、これにより全国の歯科衛生士学校の教育内容が一本化されたことです。
しかし、やがて次々と降りかかる難題に歯科衛生士学校は翻弄されることになるのです。
その後、厚労省側から「国民に、すぐに運用できるもの」という要求で「災害時の歯科保健」と「国際歯科保健」等が新設されました。
また、「歯科衛生学」は「概論」から「総論」となり、「老化や加齢および口腔機能に関する項目」が追加されました。
そしてすべての分野で変更が行われ、その内容は大幅に増加されました。
時代に応じるということでしょうが、その後も新規に「全身管理と周術期の口腔保健」が追加されました。
このように次から次へと科目が追加され、教育課程の中で膨大な知識や技能等を修得しなければならなくなりました。
これはかなり酷なカリキュラムで「残りの時間は個性的な学習プログラム」など、と言っても不可能に近いのではないでしょうか。
「歯科衛生士の就職先」
現在、歯科衛生士の就業先は、病院勤務が5%、市区町村、介護保険施設、歯科衛生士学校等の勤務が4%、残り91%が歯科医院などの診療所となっております。
つまり、ほとんど(90%以上)の歯科衛生士は地方や僻地などを含めた第一線の臨床現場勤務なのです。
一方、大学4年制(7.2%)の歯科衛生士養成所出身の「学士さま」は卒後「周術期医療」や「口腔機能低下症」などを行う病院や施設などの高度な医療機関に進みたがります。
もちろん、このような歯科衛生士も必要ですが、これらの方々は地域医療の供給源にはなりにくのです。
それに対して、地域に密着し、初期医療の分野で役割を果たす多くの歯科衛生士にとって「周術期医療」や「摂食嚥下障害」の指導などの症例に遭遇する機会は皆無といってもよいでしょう。
前述したように、現在の歯科衛生士養成所のカリキュラムは膨大です。主に初期歯科医療を担って地域を守っている歯科衛生士のほとんど(90%以上)には必要と思えない知識まで要求されています。
現在の教育制度は、あまりに過酷です。これでは魅力は無いし、若い人には敬遠されても仕方がありません。
このままでは資格制度、それ自体の存続さえ危ぶまれている状況です。
「歯科衛生士の教育制度」
今問われていることは現実に則した学習プログラムではないでしょうか。そこで必要なことは、まず、学生の負担を軽くすることです。
そのためには、歯科衛生士の教育を、2段階に分けることを提案したいと思います。
教育課程を「診療部門」と「介護部門」とに分けるのです。
診療部門(歯科衛生士コース)は2年間とし、介護部門(仮称、口腔健康管理士コース)を1~2年間と区分けするのです。
そのため資格取得は二つとなります。
「資格取得について」
診療部門(2年)は日常的診療範囲である歯科保健指導、予防処置、歯科診療補助、などを履修し、所定の単位を取得したら、歯科衛生士の受験資格を与える事とします。
歯科衛生士として就職したい者は、ここで社会へと旅立つ。診療分野を2年にするとすれば難色を示す専門家もおられるでしょうが、(準)看護師は2年制です。
現在、看護師制度は2本立てであります。(正)看護師と(準)看護師です。(準)看護師は2年制で、今も健在です。カリキュラムも改正され充実が図られているのです。
卒業し資格を取れば全科の診療に対処できるのです。
それに対して、歯科衛生士養成校の学生は3年間修学して歯科しか専攻できないのです。
これでは人材は看護学校へ流れていってしまうのではないでしょうか。歯科衛生士養成校も診療部門を2年とし、受験資格を与えるべきです。
さらに病院や施設での介護、周術期医療や口腔機能低下症など口腔機能管理にも関心がある学生は介護部門(仮称、口腔健康管理士コース)に進み、さらに1~2年就学し、所定の単位を取得した場合は(仮称)口腔健康管理士の受験資格を与えこととします。
また、一旦社会へ出た歯科衛生士が口腔機能管理に関心を持った場合には介護部門へ編入学できるようにするといった制度です。
こうすれば学生にとっても負担が少なくなり、また、歯科衛生士を適材適所に配置できる事と思います。
現在、高校まで出張して、高校生に歯科衛生士学校への応募や、勧誘している歯科医師会や歯科衛生士学校の先生方もいらっしゃると聞いております。
鉦や太鼓をたたいて勧誘しても、今の制度では無理かと思います。ハッキリ言って魅力がないのです。
歯科衛生士学校は専門知識や技能などの取得単位が多く、さらに不必要な授業まであり、大学ほど自由な時間がありません。これを3年間続けなければならないとなると、その内容にウンザリしてしまい、学生が集まらないのです。応募者が集まらないということは、この制度自体、現実に合っていないということを意味しているのです。
ハードな3年制では、若い人は息切れして、尻込みしてしまうのです。
多くの子女が思うことは、親にあまり経済的負担をかけさせたくない、早く社会へ出て、就職し、自立したいのではないでしょうか。
コ・デンタルの裾野を広げるには診療部門を2年制にすべきです。是非とも、このように制度を改編したいものです。また、改編しなければならないと思います。
それから、奨学資金などもさらに充実させる必要があります。
現在のままでは、歯科衛生士制度は崩壊してしまうのではないかと危惧しております。
栃木県歯科医師会誌2020年(令和2年)2月、3月、4月号